女性獣医師はなぜ臨床現場を離れそして戻らないのか
女性獣医師の本音トーク その4 Part1(①働く現場の生の声+⑤復職への道)
そして、その解決の大きなカギとなる存在に気付きました。
それは、女性獣医師の存在です。
メディカルプラザのこれまでのコンサル経験から、「女性獣医師は40歳までに80%以上の方が臨床現場をやめてしまう」ことが分かっています。
しかしながら、なぜ臨床現場から離れてしまうのか、その理由は調べてもどこにもありませんでした。
そこで、ベテリナリオ が独自に調査することにしました。
ここに掲載している原稿は、女性獣医師先生がご執筆頂いた原稿をできうる限り「そのまま」掲載しています。先生方にも実際にあった出来事などを事実に即して記述して頂くよう、お願いしております。「匿名」での掲載が多いのも、このためです。
女性獣医師はなぜ臨床現場を離れ、なぜ戻らないのか その1
小動物臨床現場における獣医師不足が深刻となっている昨今、獣医師免許を所持しているにも関わらず獣医療に従事していない潜在獣医師の活用に注目が集まっています。
特に女性獣医師においては、新卒で動物病院に就職した獣医師のおよそ8割が40代になる前に臨床現場から去り、他業種に転職しています。
獣医学科の約半数が女性である現代において、女性獣医師の臨床現場からの離脱は、獣医師不足に拍車をかける大きな問題です。
大学の卒業時には男女ほぼ同数が小動物臨床現場に入ったにも関わらず、なぜ女性だけがこんなにも臨床現場を離れるのでしょうか。
ここでは臨床現場を離れた女性獣医師の一人として、新卒で勤めた動物病院での体験談から女性獣医師がなぜ小動物臨床現場から離れるのか、どうすれば離職しないか、また離職した女性獣医師がどうすれば復職できるかについて考えたいと思います。
新卒で勤めた動物病院について -長時間労働で低賃金、しかも休めない-
診療時間は9〜12時と16〜19時で、12〜16時は休診時間でしたが、実際の勤務時間は8時から22時までで、手術が入れば深夜に及ぶこともありました。
本当の勤務時間は長時間労働で労働基準法違反になるため、休診時間の4時間はスタッフも休憩していることになっており、さしずめ毎日「サービス昼残業」をしている状態でした。
実際には休診時間に処置や手術を行うため、よほど暇でない限り休憩はほとんどありませんでした。
【追記 コンサル西川からの匿名先生への質問】
西川:
「長時間労働で労働基準法違反になる」と明記されていますが、匿名先生は、当時、ご存じだったのでしょうか。
匿名先生:
入った当初は知りませんでした。働いている途中で看護師さんから聞いて知りました。
西川:
この労基法について、看護師は専門学校で学ぶので知っているのが普通なのですが、獣医師は大学では教えないので、知らない方の方が多い様です。
ここで「動物病院によく見られる労基法違反」についてお話しさせて頂きます。
1つ目は、残業代の未払いのケースです。これは当たり前の様にあります。
2つ目は、残業代を払っていたとしても、正規の額を払っていないケースです。
勤務医はもう貰っているからと見過ごしてしまいます。
正社員の額面を時給計算して、これを2割5分増しで払うのが正式な残業時間の払い方です。
これが違反であることを院長も勤務医も意識していないのが実情です。
ただ現在では、人材不足が幸いして、労基法を守って人材確保と採用に努める病院が増えています。
休日は週休2日でしたが、担当症例が入院している場合は休日返上で様子を見にいかなければならなりません。
休みはシフト制で、月末まで翌月のシフトが出ないため、月頭の予定は組めませんでした。
新人は休みの希望を言うことは許されず、どうしても休みを希望したい場合は院長夫人に電話をし、許可を貰えた場合のみ希望が通ります。
初任給で両親にご馳走しようと思い、特に繁忙期でもない平日に休みを希望したら、新人のくせに先輩を差し置いて休みの希望を出すなんて図々しいと言われました。
有休は年10日ありましたが、特別な理由がない限り使えませんでした。
勤務した3年間で使った有休は同居していた祖母の通夜・告別式の1.5日と友人の結婚式の1日だけでした。
未消化の有休は買い上げられることなく、1年ごとに消えていきました。
給料は初任給で25万円、社会保障が完備されておらず、給料の中から自分で支払っていました。
ボーナスは年2回、10〜20万円ほど。残業代や休日出勤代は出なかったので、年収にすると400万円もありませんでした。
深夜残業も多いので病院の近くに住むように指示されましたが、それに対する補助はありませんでした。
また、終電過ぎまで仕事をした同僚は、自腹でタクシー帰宅していました。
-仕事は見て覚えるもの、という指導方針-
私は病院が初めて採用した新卒獣医師で、病院の指導方針は「見て覚えろ、自分で学べ、獣医師としての意識が高ければできるはず」でした。
自分なりにセミナーに参加したり本を読んで勉強したりしましたが、正直何をどう勉強したらいいのかがわかりませんでした。
勉強は自分のために行うものだから家でやれ、勤務中は病院のためにできることをするよう言われましたが、新卒の自分には獣医師として病院の利益に還元できることが少なかったので、主に薬剤の在庫管理や雑用を行なっていました。
苦労して獣医師になったのに、実際にやっている仕事は獣医師免許の必要ないものばかりで、虚しくなったこともありました。
診療に出たのは先輩獣医師が退職してからの最後の1年だけなので、3年勤務したものの「3年間の臨床経験があります」と胸を張って言えるほどのスキルが身についたかはわかりません。
もっとも、スキルが身に付かなかったのは私にも原因はあると思います。
-忙しさゆえ人間関係が常にギスギスしているー
スタッフ同士の飲み会は多く、表面上は仲が良かったと思いますが、日々忙しく、常にピリピリした空気が流れていました。
先輩獣医師に質問しようとしても「獣医師なんだから自分で考えろ」と一蹴され、自分の治療内容が正しいのか不安になることも。
診療中に怪我をしてしまったため昼休みに病院に行った時には「この忙しいなか、よく怪我なんかで病院行けるね」と気の強いトリマーになじられました。
若い女性の多い職場だったため女としてのマウンティングも激しく、仕事中なのに恋愛の話ばかり聞かされました。
私に限らず、新卒の女性獣医師が女性スタッフからきつく当たられることは多いようです。
波風を立てるのは嫌だったので、彼女たちの機嫌を損ねないよう、なるべく低姿勢を心がけていましたが、聞こえよがしに心に刺さる嫌味を言われることも多々ありました。
こうした人間関係の問題はどうして起こるのかを考えてみたのですが、明確な答えは出ませんでした。
ただ、今となって思うのは、新卒の獣医師にとって就職先の動物病院は初めて働く臨床現場で、当たり前ですが仕事はできません。
獣医師同士であれば新卒が何もできないことはわかっているのですが、動物看護師やトリマーは新卒であっても獣医師として見ているため、獣医師のくせに何もできないことに対してイライラしてしまうのではないでしょうか。
結果、自分よりも仕事ができないくせに自分よりも給料の高い疎ましい存在と認識され、攻撃の対象になりえるのかもしれません。
もちろん、仕事ができないのに態度の大きな新卒の獣医師もいます。
もしかしたら自分も心のどこかで「自分の方が偉い」と思っていて、それが態度に出てしまっていたのかもしれません。
また、動物病院は女性の多い職場であることも、人間関係がギスギスしやすい理由の1つではないかと考えています。
女性が多い職場は人間関係が複雑になりやすいといった事象は、何も動物病院に限ったことではなく、私が勤めていた一般企業でも度々起こりました。
経験上、女性の方が男性よりも注意の口調が厳しく、物言いも感情的で、悪口や噂話が好きな傾向にあります。
さらに、女性は男性よりも相手の感情に敏感なため、職場の人間関係が悪いと、男性よりも強いストレスを感じてしまうのかもしれません。
また、女性同士の場合、仕事に関係ないことも攻撃手段になり、恋愛や結婚、ファッションセンスなど、女として相手よりも劣っていると完全に舐められてしまいます。
言い返せればいいのですが、自分は仕事ができないという負い目もあったので、強く出ることはできませんでした。
困ったことに、いじめを行う女性は、男性や自分よりも序列の高い女性スタッフの前では態度が変わるため、院内で明るみに出ることは少ないようです。
他に、獣医師同士で人間関係が悪化する理由は、やはり忙しさからの余裕のなさにあると思います。
「こいつのせいで自分の仕事が増えた」「この忙しいなか、どうして自分が新卒の面倒を見なければいけないのか」という感情が、相手に冷たく当たる原因になるのではないでしょうか。
-精神的にも肉体的にも限界を感じて退職-
貧乏暇なし状態で働き続けている割に、獣医師としてのスキルが身についているとも思えず、自分が何のために働いているのかが分からなくなりました。
入社時に院長と3年は働くと約束をしていたので、3年間は続けましたが、2年目が終わる頃にすでに退職を決意していました。
臨床の仕事がものすごく嫌いというわけではなかったのですが、とにかく長時間労働と休みにくさ、休日が休日でないところに限界を感じました。
労働時間と給料が合っておらず、やりがいや獣医師としての技術の向上目的だけでは続けていけないと思いました。
最後の方には「交通事故にでも遭えばもう仕事に行かなくて済むかな」と考えていたので、退職したことは全く後悔していません。
※メディカルプラザ・ベテリナリオ は、事業承継を通じて、全国10000件の動物病院院長へ直接「情報誌」を発行し続け、2000人以上の院長、獣医師と直接お会いしてきました。
この情報発信と直接的な繋がりによって、女性獣医師の本音を病院院長に届けて、人材採用難解決の提案をして参ります。
これにより、職場改善や経営改善に取り組む動物病院をもっともっと増やしていきたいと考えています。